《 徒然ダイアリー 》 42 ~ わが子から、、。 ~

 そう言えば、子どもたちが生まれて、彼らから「尊敬の眼差し」のような視線をもらったことはありませんでした。
 彼らにとっては、家にいるのか?いないのか?はっきりしない父親を演じてしまっていますので、、つい先日改めてそんなことを感じました。



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 ◆最近、息子たち2人と一緒に「卓球」をして遊んでいます
 私は、高校時代までの8年間をずっと卓球と一緒に暮らしてきましたので、部活でやってこられた普通の卓球経験者より上手だと自負しております。しかし、もうかれこれ20数年間もやっていません。しかも、「ぎっくり腰」という爆弾を腰に装備していますので、いつなんどき爆発するかわかりません。ですから、自分でも「やれない!」と思い込んでいました。

 ●それが、真ん中の息子が「卓球がしたい!」と、言って来ましたので卓球場に早速釣れて行きました。何故、すぐに釣れて行ったのかと言いますと、彼らは日ごろからゲームばかりやっているゲーマーですから、その習慣を破壊する何かを探していたところだったのです。

 
 ◆実際にやってみると、これがけっこう上手なんですよ。
 現段階では、ラリーが7~8回続くぐらいですが、初めてにしては上出来です。しかも、弟は他人の卓球にじっと見とれていました。「ボクもあんなに出来たらいいな!」っという具合いに。
 ここまできたら、あとは彼らの興味を「ぐっ!」と、引きつけなければいけないと感じました。
 そこで、隣の台でやっていた大人にお願いして、私と打ってもらいました。すると、

 「お父さん!すごい、すごい。しかも球が速いよ速い!なんでそんなに出来ると!」と、

 すごく驚いてくれ、それと同時に興味深々な笑顔で「ボクもお父さんみたいになりたい!」と、言ってきました。

 「よっし、うまくいった!」と思いきや、じわ~と腰が痛くなりました。

 まあしかし、これからは「腰痛とお話しし合い」ながら、子どもたちに卓球を教えることにしました。
 この話はごく最近の話ですが、まだ卓球と遊んでいるという感じです。

 
 ~ でも、あのときの私に対する子どもたちの視線は忘れられません。~

 普段は彼らの分からない勉強を教えてあげても、「先生だから」という既成概念が彼らにはありますので、分かって当たり前と思われています。

 だから先日の出来事のように「すごい!」と思われたときは、他人の子どもたちから言われたように、うれしかったですね。

 嫁さんから時々、「父親らしいことを、たまには、、、?」と、言われたりしますが、こんなこともその一つなんだなと痛感しました。

 別に、彼らから「尊敬の念」というような気持ちを要求しているわけではありません。

 ただ、父親という存在意識を彼らの心の中に宿らせて、つき合っていくのは大切なことだと思っています。

 ★やはり、子どもの教育は親と子の絆が原点ですね。                                   つくづく、そう感じています。

                             以上

 


 
 
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by akashi-asunaro | 2011-01-31 13:27 | 子ども | Comments(0)